細菌が胃の中に入った場合、強い胃酸により大抵の菌は死滅してしまう。ところがピロリ菌はウレアーゼという酵素で尿素を分解してアンモニアを生成し、強い胃酸を中和しながら胃の中で生き続けることができる。胃の粘液の中を自由に動き回るピロリ菌は、胃粘膜をつくる上皮細胞にくっつくとCagAというタンパク質を細胞内に注入する。このタンパク質が、胃炎や胃潰瘍、そして胃がんの原因を引き起こすとされている。
まず細胞内に注入されたCagAは、細胞内にある別のタンパク質・PAR1と結合する。PAR1は細胞同士の結合部分をつくる働きがあるので、CagAとの結合によりその部分の細胞が抜け落ちて胃の粘膜組織が壊される。ここに胃酸が流れ込み、慢性胃炎や胃潰瘍に発展する。
そしてCagAは細胞の増殖を促進するタンパク質・SHP2とも結合する。するとSHP2は正常に働くことができなくなり、細胞内で異常な増殖シグナルを送り続けるようになる。統制が取れなくなった細胞は異常な増殖シグナルに撹乱されて細胞分裂を繰り返し、これにより癌化が進行すると考えられている。
これを防ぐためにはピロリ菌を退治すればよいわけだが、実はピロリ菌の除菌はそう簡単ではない。もともとピロリ菌は宿主の血液型に合わせて姿を変えるといった柔軟性を備えている。そして1回の治療で除菌に成功するのは感染者の約8割だ。除菌に失敗した場合は薬の種類を変えて2次除菌を行なうことになるが、新たな耐性菌が生み出されるため除菌の成功率は半分程度に落ちるという。
現在国内のピロリ菌感染者は6000万人近くいるとされているが、全員が除菌治療したとしても600万人以上がピロリ菌の除菌に失敗する可能性がある。もちろんピロリ菌そのものを除菌することが最も望ましいわけだが、完全除去が難しい現状を踏まえると、タンパク質CagAの動きを封じるような新薬の開発がベストかもしれない。
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